うちゅうリブ

メンズリブ的なアプローチで、さまざまな話題を語り合う「うちゅうリブ」の公式ブログです!

「うちゅうリブ」のご案内

メンズリブ的なアプローチで、さまざまな話題を語り合う「うちゅうリブ」の公式ブログへようこそ!

「うちゅうリブ」とは

ツイキャスでのちょっとしたやりとりをきっかけにして誕生した、男性ジェンダーへの関心をベースとして、様々な話題を語り合う会です。

共同主催者

会の形式

月に1回、月末の土曜日を中心に開催します。共同主催者が交代で会のテーマを設定し、参加者の方々に簡単に自己紹介していただいた後に、テーマについて自由に語り合うフリートーク形式の会です。

男性ジェンダーへの関心をバックグラウンドとしますが、参加者の性別は一切問いません。どなたでも参加いただけます。

主な活動場所

大久保地域センター(東京都新宿区)

主催者からの挨拶

うちゅうじん

いまの世の中、さまざまな挫折を味わい、解決できない悩みを持ち、不安を抱えながら、「男」として生きている人が多いのではないでしょうか。
これらの違和感を、職場や学校、仲間内の集まりでざっくばらんに打ち明けられる場所はありますか?きっと、多くの人が「ない」のではないかと思います。

なので、「うちゅうリブ」は、参加者同士で、各々が抱える生きていく上での違和感を語りあえる場所を目指しています。

皆さんが語ることに対し、否定も肯定もせず、具体的な解決策も出せませんが、皆さんが語るという行為を選んだことに対し、茶化したり、嘲笑することはいたしません。

ただ、聴きながら、一緒にさまよい続けていきたいと思います。

はじめまして。たまきと申します。

私はTwitterブログで2015年からジェンダー関連の話題を発信しています。元々ジェンダーについて考えるのが好きなだけのオタクのようなところがあったのですが、この度ちょっとしたきっかけで、実践的な会を主催する機会をいただきました。

元々日本のメンズリブ(男性解放運動)は1978年発足の「男の子育てを考える会」を起点とし、1990年代にはそれなりの隆盛を見ましたが、現代では当時の団体の多くが活動を休止し、退潮傾向にあります。

当時のメンズリブに指摘されている課題として、「ウーマンリブ」と対をなす「メンズリブ」の男女二元論(この世界のセクシュアリティは「男」と「女」の2つに分けられるという考え方。多様なセクシュアリティが認識されている現代では批判される)の問題があります。

分かりやすさを重視して「メンズリブ」という言葉を使っていますが、「うちゅうリブ」は、この男女二元論的な考え方のプレッシャーを極力感じさせない場にしたいと思っています。このような考えから、「メンズリブ」と言うと、一般的には参加者「男性」限定のようなイメージがありますが、うちゅうリブでは、参加者の性別を問うようなことは一切いたしません。どなたでも参加いただけます。

興味を持たれた方はぜひお声かけください。会場でお話しできるのを楽しみにしています!

久真八志

2019年2月から共同主催者に追加で入ることになりました久真八志くまやつしです。

私にとって興味の対象は男性である自分自身でした。なぜ自分には性欲があるのか、なぜその性欲は倫理的に好ましくないものなのか。悩んでいるときにフェミニズムに出会いました。
フェミニズムの知見は多くのヒントを与えてくれたけれど、やはり男性について語るものではありません。
男性である自分自身について知りたいなら、男性である自分を、自分が語っていこうとしなければならないと思うようになりました。
そんなときに出会ったのがうちゅうリブでした。

うちゅうリブは「男性ジェンダーについて話したい」「男性であることにまつわる話しづらいことを話したい」を叶えてくれる場であり、同時に、集まってくる他の方々と意見交換によって新たなヒントを得られる場でもあります。
そのような場を今後も維持できるように努めたいと思います。

「うちゅうリブ」アイコンのご紹介

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第1回「うちゅうリブ」参加者の雨音@amnsmtさんに描いていただいた公式アイコンです。

「さまようUFO」をイメージしています。「男らしさの呪縛から解放された先に何があるか分からない」という趣旨の意見が第1回うちゅうリブで多く出たことから、このようなイメージを構想しました。UFOの蛇行した軌跡は多様性を表すカラーリングで彩られ、キラキラした星は会で得られた気づきや成果を示唆します。UFOの行き先はまだ誰も知りません。

活動履歴

第14回「うちゅうリブ」実施報告 —リーダーになりたい?—

今回家来さんと臨時主催をさせていただいたせいろんです。こんばんは。

第14回うちゅうリブの実施報告をいたします。

開催概要

  • テーマ:リーダーになりたい?
  • 人数:12人
  • 日時:7/27(土) 19:45~21:45
  • 場所:新宿区大久保地域センター

 テーマのおさらい

リーダーシップは男性に求められる、典型的な“男らしい”男性像の一つです。「学校」、「職場」、「趣味のコミュニティ」など日常でリーダー役が求められることも多いです。

学校行事や部活動において、イヤイヤながら委員長や部長といった役割を押し付けられた経験がある人もいるでしょうし、職場において正社員、契約社員派遣社員といった雇用形態に基づく分担や権力関係によってリーダーの立場に立たされることもあるでしょう。

また、リーダー像も多様化しています。カリスマ性を発揮して皆をグイグイ引っ張っていくリーダー、メンバーに奉仕することを重視するリーダーなど従来の“男らしい”リーダー像以外の在り方が提示されてきています。

男性に求められる男性像が変化しつつあり、それに伴ってリーダー像や働き方も変化していくこの世の中で、参加者の皆様でリーダー経験やそれにまつわる思い、自分の思うリーダー像、リーダーに求められる資質について意見交換をしました。

日常のリーダー経験

参加者の職場、学校でのリーダー経験(特に失敗談)が沢山出てきました。人を思うように動かせず一人で全てなんとかしようと失敗した経験や、リーダーとして振る舞わなければならないことへのプレッシャーからメンバーに内心怯えていたという経験など様々な苦悩を共有しました。

特に初めてのリーダー経験について話してくれた人が多く、初めてともなると一つの目標を達成するために人を動かすということ自体が未知の経験であり、みんなまずそこから非常に苦労しているようでした。特に、会社と違って学校でのリーダー経験は、最低限の全員の目標や意思が共有されてないことの方が多く、人がそもそも動いてくれないというところからが問題になるようです。

 リーダー像の多様化

起業家的なリーダーと任命されるリーダーという大分類が提示されました。前者は明確な目的や利益が決まっていて、それらを得るために仲間を集め自発的に“なる”タイプのリーダーであるのに対して、後者は組織の中で定められた目的を達成するための責任の拠り所としての“やらされる”タイプのリーダーであるという分類です。

前者は負う責任の範囲が広く高いリスクを背負う反面、自発的に”なった”のだからやらされ感に悩まされることはない一方で、後者はやらされ感から来る精神的負担はあるものの、取るべき責任の範囲が制限されていているという指摘がありました。

また、非常に面白いリーダー像として、“ダメな子”タイプのリーダー像というものが話に上がりました。上にも下にも常に低姿勢で接して仕事が出来ないことをアピールして助けてもらうというリーダーなのですが、居場所を確保する処世術に長けたリーダー像であると言えるかもしれません。

 リーダーに求められる資質、やってはいけないこと

自分がメンバーとして動いた経験からの、リーダーがやるべき・やるべきでないことや求められる資質についての意見交換も盛り上がりました。

やるべきこととしては、メンバーが効率的かつ快適に作業を出来る場を提供することが基本であるということで全体の意見が一致しました。その為にはメンバーの作業状況や能力を常に把握することも必須になってきます。

逆にやるべきでないこととしては、怒鳴るなどのメンバーを恐怖で支配することがあげられました。このような方法は失敗の隠蔽だけではなく、場の雰囲気を悪くさせてメンバーの離反を招いてしまう恐れのある行為で避けるべき行為と言えるでしょうね。

その他、注意すべきこととしてメンバーへの接し方が難しいという話が出ました。とっつきにくさを感じさせないためにフランクさを重視してタメ口を話す一方、重要な場面では敬語を徹底するという人もいれば、だれに対しても平等で常に敬語を話すという人まで個人の性格がとても出るところだと感じました。

 リーダー役割のゲーム性と自己拡張感

「自分は権力志向など持ち合わせていない」

「リーダーになりたくない」

という参加者が多数派のなか、

「権力を持ちたいとは、どのような気持ちなのか?」

「リーダーになる喜び、面白さ、肯定的な側面とは何か?」

という疑問についても話し合いました。

まず、権力志向のある人間にとって、自分以上に能力のある部下を手足のように動かし、大きな目標を実現することには「自我の拡張」という側面があるのではないかという指摘がありました。

戦国武将を操るシミュレーションゲームなどでは、数値化された情勢や部下の能力値を元に指揮を取るだけで、誰でも名君になれてしまいます。権力志向が旺盛なタイプの人間は、現実においても、ゲームのような楽しさを味わっているのかもしれません。

またリーダー役割の肯定的側面として、メンバーが快適に能力を発揮できるようにマネジメントすることには、やはりゲーム的な面白さがあるのではないかという意見が挙がりました。

必ずしも権力を志向しない人間が「みんなが快適に働ける環境を作りたい」という動機からリーダー役割を引き受ける場合においても、そのなかにゲーム的な面白さを発見できる可能性はあります。

もしもリーダー役割をより楽しく、よりポジティブに引き受けようとするならば、ゲーム的な面白さを見出だすことが、一つの鍵となるのかもしれません。

感想・宿題

メンズリブ団体ということでリーダー適性あふれる人よりはそれにまつわる苦しさを味わってきたという参加者が圧倒的に多数派な会となりました。

しかし、そのことでかえって輝かしい男性性の象徴として思い描かれるリーダー像に対して、現実の苦悩やリーダー像の多様性についての意見を沢山引き出せたのではないかとも思います。

リーダー役にまつわる苦しみをみんなで出し合って共有する中で、各々が日常のリーダー役割で抱えている苦労を言語化して棚卸しするいい場になったのではないでしょうか。この場の語り合いで各自持ち帰ったものを日常に活かしてやっていけたら主催としては喜ばしいことと感じます。

これは個人的な話になりますが、共同主催の私個人もリーダー役を任されている身で、リーダー役やるべき・やるべきでないことについての話を聞いていて普段の自分の行いがどういう風に見られているのかということを認識する大変よい機会になりました。特に、メンバーが効率的快適に作業できる場を提供することという基本に立ち返ってやっていきたいと思います。

最終的には大変なことばかりのリーダー役であることに変わりはないけれど、そんな中でもマネジメントという作業への楽しみを見出してやっていこうという明るい締め方に出来たと思います。

第13回「うちゅうリブ」実施報告 —森岡正博『感じない男』読書会―

うちゅうリブ共同主催の久真八志です。
第13回の実施報告です。

実施概要

テーマ:森岡正博『感じない男』読書会
日時:2019/06/22(土) 19:45〜21:45
場所:大久保地域センター3階会議室C
参加人数:8名

内容

本を読んで気になったトピックを参加者それぞれが自由に語っていく形式としました。
本の性質上、性の話に踏み込む話が多く、個人のプライバシーにかかわる内容であるため多少ぼかして書かせてもらいます。

参加者が興味を抱いたトピックは、以下の二つの章に関連するものが多かったです。

  • 第2章 「男の不感症」に目を背ける男たち
  • 第4章 ロリコン男の心理に分け入る

以下、章ごとに出た意見をまとめていきます。

第2章

  • マスターベーションと一口にいっても、気合を入れてやるときと適当にやるときがある。気合を入れてやるときはそれなりに達成感や充実感もあり、森岡さんのような虚無感に襲われる感覚はあまりない。射精にもランクがあるのではないか。森岡さんの想定している射精は、最も低いランクのように思える。
  • セックスとマスターベーションの区別があまりないのも気になる。セックスのときは充実感が得られる。
  • 女性はもっと気持ちいいはずだ……という感覚はわかる気がする。少なくともポルノに描かれる女性は気持ちよさそうなので。ところで男性が攻められる側に回るタイプのポルノは森岡さんは見ないようだ。そちらを好む男性にとっては女性の快感の幻想も異なるかもしれない。

第4章

  • 汚い男の体への自己否定の感情が森岡さんほど感じられない。
  • 女子高生の体になりたい、と森岡さんは語るが、なぜ女装という発想にはつながらないのだろうか。森岡さんの場合、服を着るというより「体を着る」という感覚かもしれない。終始肉体をベースにして捉えている。
  • 最近話題として上がることが多いVtuberバ美肉バーチャル美少女受肉)について、森岡さんならどう語るのか非常に興味がある。
  • 森岡さんの「学校に対して射精したい」という感覚がわからない。良い青春を送れなかった故の制服への憧憬ぐらいならばわかるが……
  • ・本では中学生ぐらいの「美少女」が想定されているが、実際の中学生はメイクなどのケアの技術が未熟なことの方が多いのでは。本でも触れられているアイドル・ロリコン写真集のような、幻想の美少女を追い求めてしまう心理はどこからくるのか。自分と対極のものとしてあるのか。

その他

  • 決定版の補章にて介護の話題が出てくる。老人になったとき、自分の体を汚いものと思ってしまうことへの恐怖はもっと考えたい話題だ。
    • 男性の場合、加齢による薄毛やED、加齢臭の問題もある。
  • 最近は自撮り写真を加工できるアプリが高性能化しており、そうして撮った写真を眺めていると自分のイメージの捉え方もポジティブなものになってくる。男性は自撮りを嫌がる傾向があるが、女性に比べて自撮りをしないため、技術も拙い傾向がある。男性はもっと自撮りをすることで、自分の身体への否定感情を変えられるかも?

感想

 ここに書いた意見はごく一部です。紹介できないのが残念なほど様々な名言が飛び出し、大変盛り上がりました。

「感じない男」の内容に対して、部分的にはともかく、あれもこれも同意できるという人は一人もいませんでした。
森岡さん個人について語ったものなので当然ですが。
読書会を開催してわかったこの本の価値は、「森岡さんはこう言っているけど、自分の場合は……」という語りを誘いやすいこと、またその語りの精度・分解能を非常にきめ細かいものにしてくれる点です。
参加者の一人が「森岡さんはかなり極端なところまで深く議論して、頂点をとってくれている。そのおかげで自分との違いを述べやすかった」と言っていました。

複数人で語り合うことで、本書の新たな価値を発見することができました。

第14回「うちゅうリブ」告知 —リーダーになりたい?—

こんにちは、家来@kerai14です。第14回うちゅうリブの告知です。今回はせいろん@ceylon005と家来の2人が主催です。よろしくお願いします。

第14回「うちゅうリブ」開催内容

テーマ

リーダーになりたい?

今回のうちゅうリブはリーダーシップというテーマについて、みなさんと語り合いたいと思います。

日時

2019年7月27日(土)19:45~21:45(途中参加、途中退出OK)

場所

大久保地域センター 3階会議室C

参加費

100円(会場代)

定員

10名

申込み方法

せいろん@ceylon005または家来@kerai14まで、TwitterのリプライもしくはDMにてご連絡ください。

Twitterアカウントをお持ちでない方は、メールアドレス uchulib@gmail.com までご連絡ください。

テーマ設定の背景

リーダーは、男性に求められる、典型的な“男らしい”男性像の一つです。

伊藤公雄は93年の著書『〈男らしさ〉のゆくえ』において「〈男らしさ〉へのこだわり」を、優越志向、権力志向、所有志向の3つに分類しました*1

リーダーになることは、まさしく優越や権力への志向に結びついています。

しかしながら、現代日本において、優越や権力への志向を明確に持っている男性はむしろ少数派でしょう。「リーダーなんてやりたくない」と感じている男性も少なくないと思います。

それでも、誰しも人生のうちに何度かは、リーダー役割を引き受けなければならない機会がやってくるのではないでしょうか。

学校行事や部活動において、イヤイヤながら委員長や部長といった役割を押しつけられた経験がある人もいると思います。

職場において、正社員、契約社員派遣社員といった雇用形態に基づく分担や権力関係によって、リーダーの立場に立たされることもあるでしょう。

あくまで出世や、給与を得る手段として、管理職などの役職を志望している(あるいはすでに就任している)人もいるかもしれません。 

必ずしも能動的にリーダーを志望しなくても、周囲の環境に促されたり、あるいは目的を実現する手段として、受動的にリーダー役割を引き受けさせられる場面があるはずです。

リーダーのあり方も多様化しています。カリスマ性を発揮し、みんなをグイグイ引っ張っていくだけがリーダーではありません。メンバーに奉仕することを重視する「サーバント・リーダーシップ」*2のように、従来のトップダウン型とは異なるリーダーのあり方が注目されています。

リーダーであることと“男らしさ”が結びついているという発想は、もはや過去のものなのかもしれません。

リーダーのあり方も、働き方も、また男性に求められる男性像も多様化する中、私たちはリーダーシップというものをどのように捉え、どのように向き合っていくべきなのでしょうか。

7月のうちゅうリブのタイトルは「リーダーになりたい?」です。

リーダーシップというテーマについて、みんなで語り合いたいと思います。

  • あなたはリーダーになりたいですか?それとも、なりたくないですか?
  • リーダーのやりがいとは、どのようなものでしょうか?
  • リーダーをやってみて、嬉しかった経験や、苦しかった経験はありますか?
  • やりたくないのにやらされた経験はありますか?
  • やらないことに負い目を感じますか?
  • どんな人物がリーダーにふさわしいと思いますか?
  • リーダーになるために必要な能力とは何でしょうか?

などなど、リーダーにまつわるあなたの経験や思いを、ざっくばらんに語ってみましょう!

*1:伊藤公雄〈男らしさ〉のゆくえ —男性文化の文化社会学新曜社,1993

*2:ロバート・K・グリーンリーフ著 金井真弓訳 金井壽宏監訳『サーバントリーダーシップ英治出版, 2008。サーバント servant は、奉仕者、使用人の意。まず相手に奉仕し、そのうえで導くというリーダーのあり方。

第13回「うちゅうリブ」告知 — 森岡正博『感じない男』読書会 —

こんにちは、久真八志です。うちゅうリブ13回目のご案内です。

第13回「うちゅうリブ」開催内容

テーマ

森岡正博『感じない男』読書会

哲学者の森岡正博さんの著書『感じない男』は、男の性、とりわけ性的欲望について森岡さんが自身の内面を掘り下げ探究していく本です。その道筋を追っていくことで、読者(とりわけ男性読者)に対して自分はどうなのか?という問いかけを与えてくれる本でもあります。  
今回は「感じない男」を課題図書とし、参加者の感じたことをざっくばらんに話していこうと思います。

課題図書

森岡正博『感じない男』(ちくま文庫

現在は新装版が発売されているようです。Amazonなどでも購入できます。
本をご一読の上、できればご持参ください(購入は必須ではありません)

決定版 感じない男 (ちくま文庫)

決定版 感じない男 (ちくま文庫)

 

日時

2019/06/22(土) 19:45〜21:45(途中参加、退出可)

会場

大久保地域センター3階会議室C(東京都新宿区)

定員

12名(主催者2名を含む先着順)

会費

100円(会場費)

参加申し込み

Twitterで共同主催者の久真八志@okirakunakumaまたは環@fuyu77アカウントにご連絡ください(DMでもリプライでも可)。

Twitterアカウントをお持ちでない方は、メールアドレスuchulib@gmail.comまでご連絡ください。

テーマ設定の背景

 冒頭でも触れましたが、この本は一人の男の内面の告白のようにも読めます。主語は徹底して「私」であり、あくまで森岡さんが自身の体験を通してなぜ自分の性欲は形成されたのか、自分の性欲はどのようなものなのかを突き詰めていきます。
 しかしその手際の明晰さは、単なる一人の男性の枠を超えて、「男の性欲とは何か?」という一般的な問いや、各々の読者の「自分の性欲はどうなのか?」という問いを誘発します。
 一方で本書は一般向けにごく読みやすい文章で書かれており、メンズリブで扱うにふさわしい本だと前から思っていました。

 実は私自身、この本を初めて読んだときに大きな感銘を受けました。自分の性欲というものがよくわからない一方で、よくわからないものに自分の行動が支配されている恐怖や気持ち悪さをずっと感じていた頃にこの本に出会いました。

  • ミニスカさえあれば生身の女はいらない
  • 「男の不感症」に目を背ける男たち
  • 「溜まってくる」感覚はどこから来るのか
  • 間違って「男の体」になったという思い
  • 「自分の体は汚い」という感覚の由来

目に付いた小見出しを拾ってみましたが、どれも私自身のこととして知りたい、気になるトピックばかりです。
 『感じない男』の筋道立ててなされてた探究は、それを参照することで、森岡さんと自分との違いを語ることを可能にします。それによって自分の性欲についても理解を深めることができたと思っています。 

 うちゅうリブで読書会を行った『現代思想』の男性学特集でも、三本ほどの記事が『感じない男』に言及していました。2005年の発売から今に至っても影響力があることがうかがえます。 

uchu-lib.hatenablog.com

第12回「うちゅうリブ」告知 —友達がいない—

こんにちは、環です。第12回「うちゅうリブ」の開催内容を告知します。

第12回「うちゅうリブ」開催内容

テーマ

友達がいない

日時

2019/5/25(土) 19:45〜21:45(途中参加、退出可)

会場

大久保地域センター3階会議室C(東京都新宿区)

定員

10名

会費

100円(会場費)

参加申し込み

Twitterで共同主催者の環@fuyu77または久真八志@okirakunakumaまでご連絡ください(DMでもリプライでも可)。

Twitterアカウントをお持ちでない方は、メールアドレスuchulib@gmail.comまでご連絡ください。

テーマ設定の背景

私の回では、第2回「男性はフェミニズムとどう向き合うべきか」、第4回「苦しみのない働き方はどのように実現されるか」と、自分にとってそのときに一番切実な話題をテーマにするようにして来ました。今回はずばり「友達がいない」です。

SNSでつながっている人は多くても、LINEする友達はいない

私の場合、毎月のうちゅうリブで集まったりするのもそうですが、SNSを通じた人間関係はかなり充実していると思っています。Twitterのツイート内容と関連して、リプライで楽しくお話させていただく機会も多いです。その一方で、DMやLINEで文脈に依存しない雑談をしたり、ちょっとした飲みや遊びに一緒に出かけるような友達がいるかというと、ほぼいないというのが現状です。この辺りは人それぞれだとは思うのですが、高校、大学の部活・サークル等の交流と比べて、会社の人間関係は友達付き合いに発展しづらいというのはあるのではないでしょうか。

ぶっちゃけそんなに友達が欲しい訳でもない

とは言え、友達がすごく欲しいのか、友達がいなくてつらいのか、と言われるとそんなこともないというのが正直な気持ちです。SNSにせよ会社にせよ、お互いをリスペクトして、プライベートに不用意に踏み込まない関係というのは心地良く苦しみが少ない。その一方で、「友達(親密な関係)」への過度な期待からは悪しき依存感情が生じます。学生時代の人間関係上の失敗体験の数々を思い起こすとそれだけでこめかみが痛くなって来ます…。

個人的には、無理せず少しずつ仲良くできる人と仲良くしてゆけたらなと思ってます。という訳で、個人的には重そうな字面に比して案外自己解決できてしまっているテーマなのですが、皆さんの「友達」に関する思いもぜひ聞かせていただきたいです。興味のある方はお気軽にご連絡ください!

第11回「うちゅうリブ」実施報告 —本田透『電波男』読書会—

どうも、臨時主催人のケープラ(@maoukpp)です。第11回うちゅうリブの実施内容を報告します。

テーマ:『電波男』読書会

  • 人数:10名
  • 日時:2019/4/21(土)19:45〜21:45
  • 場所:新宿区大久保地域センター

色々と想定外の展開

電波男

電波男

注:本記事には一部『電波男』の表現が混入しています

こんなに人が集まると思わなかった。まず、ほぼすぐに定員埋まったのが想定外だった。それも再読・元々所有していた人間は少数派で、過半数はこのためにわざわざ購入して読んでもらったのだった。
2週間前くらいに主に参加者の『電波男』関連の発言をまとめた限定公開のTogetterを作ったが、そこで本に載ってない情報や批判点も出尽くしていて「これ改めて読書会で話すことあるんだろうか…」と逆に不安になった。
だがそこも想定外の盛り上がりを見せた。「主に1,4章を取り上げる」と告知では書いたが、実際には広範囲に取り上げることに。自由に喋ってもらい、ホワイトボードにそれぞれざっくりと「肯定的、批判的、未来へ」という3つの見出し(列)にしてまとめていった。

90年代から2005年までのオタクにとっての時代・世相を語る会

電波男』は2005年出版だが、ロマンチック・ラブ・イデオロギーだったり「90年代的価値観」が強い作品である。本田透は80-90年代に青春時代を送ったからだ。
本の著者だったり売れている芸能人などは大体30歳以上なので、このような言説には常に10年くらいズレがあるという気付きがあった。特に社会にとってボリュームゾーンであるアラフォー世代の言説は、どうしても声がでかくなる。だからそこから更に14年(干支の一回り以上)もすると一気に古くなってしまうのだなと。
話は多岐にわたり、第2章で語られる『電車男』だったり、『電波男』とは直接関係ないネタ(恋愛ゲームなど)の話でもとても盛り上がり、時間が足りなかった。というか2,3章のネタなんて無視されるとばかり思っていたYO!

批判的意見には、ほぼ議論の余地がない

予想通り、批判的な意見が7割くらいを占めた。告知記事でも書いたように、「オタク純朴論・無罪論」の源流になっているがこれは大嘘である、二次元に旅立つというオタク道は無理ゲーであるという意見は満場一致した。

  • 80年代フェミニズムについて言及があるが、なぜ90年代は無視されているのか?

という問いには、「当時はフェミニズムそのものが非常に弱く、オタクとも無関係だった(オタクが敵視する要素がない)」という回答が得られた。
このあたりは、ポリコレ・フェミニズム叩きが主流の現代オタクとは大きく違うトレンドで味わい深い。これは私の偏見で根拠はないが、もし『電波男』が2019年だったら本田透フェミニストを叩きまくっていたに違いないYO!

  • 本田透は女性に部屋を「掃除してもらうこと」がとにかく好きだが、これはなぜか?

という問いには、「掃除してもらうことが彼にとって渇望していた家族愛の象徴。(すさまじい毒親だった)母親は家事などやらず、いつも自分でやっていたのではないか」という推測でまとまった。

今やオタクがスクールカーストの下層で、学校などでいじめられやすい存在というのはもう過去のものになった。逆に、今はオタク内部の(それぞれのクラスタ内)カーストがある。人が増え細分化、範囲拡大したオタクの定義は、2005年とはもはや違いすぎて話が噛み合わない。今はオタク≠非モテであり、「オタクだからモテない」と開き直れず逆の生きづらさもある。
長くなりすぎるので省略するが、とにかく全般的に「図表や二分法などすベてが雑、身勝手・一面的な男目線」という批判が多かった。その通りで、本田透自身も美少女だけを選んで消費しているではないか(そういうゲームは美少女しか出てこないが)。自虐ネタな部分もあるとはいえ、逆にオタクを貶めているのではないかという批判もあった。
個人的に、若年世代で「萌え」は死語になっているという指摘は衝撃的だった。

電波男』の未来予測はほぼ外れたが一部当たっていたんだよ!!な、なんだってー!

一方で評価する声も。まず、色々と展開された未来予測図。オタクの定義・モデル、社会も変わり、的外れだらけに見えるが…。

  • 「(非モテは)愛がない状態が続くと喪闘気がたまり鬼畜化する」とあるが、まさにTwitterには鬼畜化したオタク=インセルが多く、悪い意味で当たっている
  • 「男の娘」文化は、自給自足の「ほんだシステム」
  • 「オタクがモテ趣味になる」という予測は当時の一般社会でというイメージとは違うものの、界隈・クラスタ内ではモテるので正しい

また、趣味は人それぞれなので、「脱オタ批判」には一理あると評価された。
評価する声には他にもこんなものがあった。

  • ここまで赤裸々に非モテ男の内面をさらけ出したものもなく、2000年代の史料的価値がある
  • 非モテ男の強烈なカウンターコンテンツ。ガス抜き、セラピーになっている

圧倒的文章力、勢い・熱さを評価する声はやはり多かった。あとがきでの急転(ギャップ萌え:死語)ぶりも、見事な構成だと私も大いに評価している。

電波男』をどう乗り越えるかという本題

未来志向の話があまりできなかったのが司会である私の時間配分ミスでもあったが、こじらせたオタクにならないためにはどうするか。このような異性叩きの誘惑をどう乗り越えるか。

  • リアルを大事にする(学校や仕事)
  • まともな交際をする(異性に限らず、人と向き合う)

という、きわめて常識的なまとめになった。当たり前のことを実践していくことが大事なのだろう。人生、年齢が解決することもある。
本田透の90年代の家父長制的・恋愛至上主義的価値観に対しては、

  • 今はリベラルな価値観が当時より広がり、オタクが虐げられる時代ではない。今後社会的圧力が弱まれば、非モテ・独身でもさらに生きやすくなる

という希望のあるまとめ意見もあった。

おわりに:「軽い」読書会の可能性

読書会には色々あると思うが、まずは難しい学術書や論文などをみんなで読み合わせる「勉強会型」があるだろう。次に、過激な意見、賛否両論ある本を取り上げ肯定派・否定派に分かれる「討論型」。
今回は「雑談型」というかきわめて通常のうちゅうリブに近い形だった。特に『電波男』は漫画、映画、ゲームなど引用作品が多いところも、盛り上がる要素だった。
一例を挙げると、第3章で梶原一騎『愛と誠』のモテない男の代名詞として紹介される「岩清水君」は今なら人気が出るのではないかという指摘も、時代を感じさせる。
というわけで、読書会というと固い本、真面目な本のイメージがあったがこういう本でやってもいいのだという発見があった。

最後に。本田透の今日は謎に包まれているが、はたしてこんな読書会があったと知ったら何を思うのだろうか。結果的に素晴らしい読書会になったので、彼への謝意で締めたい。

第10回「うちゅうリブ」実施報告 —『体育』はあなたにとって必要でしたか?—

こんにちは、久真です。第10回うちゅうリブの実施内容を報告します。

実施概要

  • テーマ:『体育』はあなたにとって必要でしたか?
  • 人数:6名
  • 日時:2019/3/23(土)15:15〜17:15
  • 場所:新宿区大久保地域センター

内容

学校の「体育」の時間について、参加者が思うところ自由に話し合いました。

話し合いのなかで出たトピックをいくつか抜粋します。

  • 参加者のなかでは体育が苦手だったという人が多数派。ただし個別の競技にかんしては楽しめたという声も。
  • 体育教師の目が届かなくなりがちで、あまりまじめにやっていなかったり、いじめのような行為(弱い立場の生徒が一方的にバレーボールの練習台になっている場面を目撃したという話も)の温床になっていたりした。一人の先生で数十人を管理するシステムの問題もあるのでは。
  • 他の教科と違い、能力の差が毎回みんなの前であからさまに示されるので、序列ができやすい。
  • 武道、特に柔道の問題。3か月で無差別に乱取りまでさせるカリキュラムで危険だと思ったという声があった。一方で、柔道を専門としていた教師の指導を受けたケースでは、受け身に重点を置いて乱取りも体重別などの配慮があった。教師によって専門分野が異なり、指導能力に差がある。
  • 身体の使い方をもっとしっかり教えてほしかった。さかあがり、跳び箱、マット運動などが苦手な生徒につきあって教えてほしかった。もっとも小学校では教員も体育専門ではないため教え方が上手くないし、短い時間で多人数を教えなければいけないので限界もある。
  • 全体的につまみ食い的なカリキュラムで、身体を動かす能力の向上やその楽しさを学べた気がしない。何が到達点かわからずにやっていた。ただ原因は体育教師の能力というより、システムの問題ではないか。
  • 運動の楽しさを大人になってから知ったという人が多いのは、体育がつまらなくなってしまっているからではないか。
  • 「柔道」「剣道」「ダンス」という選択科目はなんだったのか。実質的に、武道は男子、ダンスは女子しか選択しなかった。

また、保健体育についての話題も多く出ました。

  • 参加者の子供時代はまだネットがなかったので、思春期に身体に起こる変化(夢精、精通、陰毛、包茎など)に関しての知識は保健体育ぐらいしかなかった。こういったトピックは保健体育の授業で簡単に触れられただけの印象で、その後自分に起きても友達と共有しにくかった。女性が生理や妊娠についてきちんと教えられている印象であるのに対し、男子の身体の変化や性に関しては軽くみられているのではないか。
  • 参加者によっては学年全体の講習会で性病や性感染症について教えられた経験があった。そういった経験のない参加者からはうらやましいとの声も。
  • 成人して振り返ると、性教育はもっと十分やって欲しかった。教える時期についてはいろいろと判断が難しいところであるが、大人になってから調べなければならないことがたくさんあった。

まとめ

最後にテーマである「体育はあなたにとって必要でしたか?」をみなさんに聞いてみました。不要という意見はなく、いろいろなことをして体験としては豊かだったとか、楽しい時間はあったとか、みなさんそれぞれ意義は認めていました。

一方で、自分たちが経験してきた体育のカリキュラムについての不満も改めて多く述べられました。その多くは、苦手だからこそきちんと指導をしてほしかったし、そうして身体の動かし方や運動する楽しさを当時もっと知りたかったということです。

「体育にはもっと伸びしろがあるのではないか」

参加者の一人の発言を引用して報告を締めくくりたいと思います。